平本淳也さんといえば、ジャニーズ事務所の元ジュニアで、ジャニー喜多川氏による性的加害を訴える「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の代表として知られていますが、それだけではありません。
平本淳也さんは、タレント、作家、プロデューサーなど、多彩な仕事をこなしてきた人物です。この記事では、平本淳也さんの仕事について詳しく紹介します。
タレントとしての活動
平本淳也さんは、10歳の時に歌手の沢田研二さんのものまねでテレビに出演したことをきっかけに芸能界入りしました。13歳の時にジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.として活動しました。田原俊彦さんやシブがき隊などのバックダンサーを務めたり、映画やドラマに出演したりしました。
1986年にジャニーズ事務所を退所した後も、タレントとして活動を続けました。1989年にはアイドルグループ「新・光GENJI」(後に「SHADOW」と改名)に参加し、CDやビデオをリリースしました。
1990年に解散した後は、「EACAPE」というアイドルユニットをプロデュースし、自らもメンバーとして参加しました。
1994年からは「維新組」というアイドルグループに参加しました。2020年からは横浜マリンエフエムのラジオ番組『ロックスタァ松本邦彦とカルチャースタァ平本淳也のYOKOHAMA湾岸スタァ』のメインパーソナリティを務めています。
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作家としての活動
平本淳也さんは、作家としても活躍しています。
1996年から1999年にかけて、「ジャニーズのすべて」というシリーズを出版しました。このシリーズでは、自身や仲間のジュニアがジャニー喜多川氏から受けた性的加害や、ジャニーズ事務所の裏側などを暴露しました。
また、「ジャニーズおっかけマップ」というシリーズも監修しました。
このシリーズでは、ジャニーズ事務所のタレントの自宅や実家の所在地を地図や写真付きで掲載しました。
しかし、これらの書籍はタレントやその家族から訴えられて出版差止めとなりました。
その他にも、「恋愛遊戯」「ジャニーズ解読書」などの書籍を出版しています。
プロデューサーとしての活動
平本淳也さんは、プロデューサーとしても活動しています。
1986年にジャニーズ事務所を退所した後は、イベント企画会社を起業しました。その後、自らが所属した「EACAPE」や「維新組」のほか、多くのアイドルやタレントのプロデュースを手がけました。
2011年からは、チバテレの番組『エンタのたまご~エンタマ』や『みんなのバラエティ~みんバラ』の総合プロデュースを担当しました。2014年には、TOKYO MXの番組『PROMOTION TV』の総合プロデュースとコーナー司会を務めました。
2019年には、サンテレビの番組『My SONG Your SONG』のプロデュースと準レギュラー出演をしました。
また、YouTubeでライブ配信された『編集長松本邦彦の事件簿』のプロデューサーとMCも務めました。
平本淳也さんの仕事とは?タレント、作家、プロデューサーの多彩な顔について徹底解説!まとめ
平本淳也さんは、ジャニーズ事務所の元ジュニアで、ジャニー喜多川氏による性的加害を訴える「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の代表ですが、それだけではありません。
平本淳也さんは、タレント、作家、プロデューサーなど、多彩な仕事をこなしてきた人物です。この記事では、平本淳也さんの仕事について詳しく紹介しました。
平本淳也さんは、日本一のライターと名乗っていますが、それだけではなく、日本一のエンターテイナーとも言えるでしょう。