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坂井泉水の死因とは?子宮頸がんの闘病と事故現場の真相について徹底解説

ZARDのボーカルとして数々の名曲を生み出した坂井泉水さんは、2007年5月27日に慶應義塾大学病院で亡くなりました。

死因は約3メートルの高さから落下したことによる脳挫傷でしたが、その背景には子宮頸がんという重い病気がありました。

この記事では、坂井泉水さんの死因と子宮頸がんの闘病、そして事故現場の真相について紹介します。

坂井泉水さんのプロフィール

– 本名:蒲池 幸子(かまち さちこ)
– 出身地:神奈川県平塚市
– 生年月日:1967年2月6日
– 没年月日:2007年5月27日(40歳没)
– 代表作品:「負けないで」「息もできない」など多数

坂井泉水さんの死因は転落による脳挫傷

坂井泉水さんは肺に転移したがんの治療のために慶應義塾大学へ入院していましたが、2007年5月26日に同病院の敷地内で仰向けに倒れているところを発見されました。

見つかった時にはすでに意識が無かったらしく、集中治療室での処置の甲斐もなく翌日の午後3時10分に亡くなっています。

翌28日に所属事務所は「約3メートルの高さから落下」による後頭部強打が直接の死因と発表しました。

しかし、転落した経緯は目撃者がいないのでハッキリとしておらず、雨で滑って踊り場から落ちた説と、スロープの手すりに腰を掛けた際に落ちた説があります。

中には発見された時間が午前5時40分だったことを不審に思う声もありますが、深夜に制作活動をするアーティストが多いので一般の感覚とは違うかもしれません。

ただ、早朝にスロープがある非常階段の場所には立ち入れないという関係者の声もありました。

坂井泉水さんの死については2023年現在も事故や自殺、他殺など色々な説が飛び交っていますが、明らかになっている点は脳挫傷で亡くなったということだけです。

今となっては坂井泉水さんの心境や当時の状況を知ることはできないので、色々と考えるよりも遺された曲を聞き、次世代に受け継ぐことが何よりの弔いになるでしょう。

坂井泉水さんの子宮頸がんは再発(転移)していた

この項目では坂井泉水さんを苦しめた子宮頸がんについて見ていきます。

長らく子宮頸がんだったことは伏せられていましたが、転落事故で亡くなった際に所属事務所から「がんの闘病中だった」ことが公式に発表されました。

坂井泉水さんが子宮頸がんと診断されたのは2006年4月のことで、6月1日には慶應義塾大学病院で病巣と臓器の摘出手術を受け、7月頃に退院をしています。

術後の経過も順調で体調も回復傾向にあったそうですが、2007年4月に肺へのがん転移が見つかったことで同じ慶應義塾大学病院に再入院をしました。

入院中の経過について事務所は「一時は快方に向かっていた」と明らかにしたものの、詳細な病状などは一切公開されていないので何とも言えません。

また、坂井泉水さんは子宮頸がんを発症する前から複数の婦人病を患っており、2000年以降だけでも子宮筋腫や卵巣のう腫、子宮内膜症などの病気と闘っています。

そのことから「また病気に勝ってくれる」という期待も大きかったでしょうが、本人からすれば病気と闘う過酷さ知っているだけに心労も大きかったことでしょう。

最終的には事故死という極めて残念な形でがんとの戦いは終わりましたが、少なくとも坂井泉水さんが闘病の辛さから解放されたということは間違いありません。

病院の事故現場が改築工事で取り壊されていた

事故現場は本稿で何度も紹介している慶應義塾大学病院で、正確な場所は少し古めの1号館の横にあるスロープの下です。

慶應義塾大学病院内、ZARDの坂井泉水さん死去の地。

坂井泉水さんが亡くなって以降は命日に多数のファンが献花を捧げていましたが、2014年に慶應義塾大学病院は1号館の改築工事を始めました。

その際に事故現場のスロープも取り壊されてしまい、坂井泉水さんのファンにとっては思い出の場所がなくなってしまったのです。

改築工事中の慶應義塾大学病院。ZARDの坂井泉水さんが亡くなった場所はもうありません。

– 坂井泉水さんは2007年5月27日に慶應義塾大学病院で脳挫傷で亡くなった
– 死因は約3メートルの高さから落下したことで、転落した経緯は不明
– 落下する前には子宮頸がんと闘っており、肺への転移も見つかっていた
– 事故現場は2014年に改築工事で取り壊されたが、ファンは今でも彼女を忘れない

【まとめ】

坂井泉水さんはZARDのボーカルとして多くの人々に感動や勇気を与えました。

彼女の死因や闘病について知ることで、彼女の人間性や音楽性に対する理解が深まるかもしれません。

しかし、それ以上に大切なことは彼女が残した曲やメッセージを聞き続けることだと思います。坂井泉水さんは歌詞の中で「負けないで」と言っていますが、私たちも彼女のように強く生きていきたいですね。